仏壇のことわかりやすく解説しています。
仏壇 ガイド

仏壇の購入前に知っておきたいこと

仏壇の歴史

仏壇 

 仏壇の始まりは天武天皇の時代、今から1千年以上前といわれています。「日本書紀・第二十九巻」には、白鳳十四(六八六)年に「諸国の家ごとに仏舎を作り、仏像や経巻を置き、礼拝供養せよ」という天武天皇の勅が出され、これが日本の仏壇の始まりとされています。その勅が出された三月二十七日は「仏壇の日」になっています。
 仏さまの御堂を厨子といいますが、仏像や位牌を安置する家庭用の厨子が仏壇と考えてよいでしょう。仏壇には、最上段に一段高くなったところがあり、そこに仏様を安置する、「檀」になっているところに特徴があります。この檀を須弥檀とい、仏様の世界を表す須弥山世界にある須弥山をかたどったものです。
 寺院に行かれると、ご本尊にはいろいろな美しい装飾で祀られ、檀の上に安置されているところを見たことがあると思います。これは、仏教の求める最高の理想の世界を表しているからで、寺院を小さくし家庭内に安置するようにしたものが仏壇になります。

仏壇の起源

 

 もともと日本家屋の「床の間」が仏壇の起源とされています。仏壇が、普及する前は一般の家には鎮守(ちんじゅ)や祖先を祀る祭壇のようなものがいろいろな形で置かれていました。それが、室町時代に「書院造り」という形式ができた時、床の間に変わりました。書院造りは、厳密には室町時代の中期以降に成立した住宅の様式ですが、一般的には床の間を指します。その床の間に仏壇を祀るようになったのが仏壇の起こりと言われています。
 仏壇の起源には二つの説があると言われています。ひとつは「持佛堂(ぢぶつどう)→仏壇説」ともうひとつは、「魂棚(たまだな)→仏壇説」です。「持佛堂(ぢぶつどう)→仏壇説」は、貴族などの上流階級においては持佛堂を持つものもあった。その持佛堂が縮小し、屋内に取り込まれることによって、床の間へと変化し、仏壇となったと言われている説です。「魂棚(たまだな)→仏壇説」は、魂棚が変化し、仏壇になったというものです。魂棚とは、盆に先祖や新仏の霊を迎える祭壇のことです。

玉虫厨子


 玉虫厨子(たまむしのずし)といわれる仏壇が法隆寺に所蔵されています。これは、日本最古の仏壇と言われ、飛鳥時代(7世紀)に作られました。その名のとおり玉虫厨子には、周囲装飾の金具の下に約2,500個体以上のタマムシの羽が使用されたといわれ、飛鳥時代の建築、絵画、漆工芸を知るうえで貴重な資料とされています。須弥座の上に宮殿形が乗った厨子で,高さは233cm。宮殿部の扉、須弥山部は、正面に「舎利供養図」、向かって左側面に「施身聞偈図」(せしんもんげず)、右側面に「捨身飼虎図」(しゃしんしこず)、背面に「須弥山世界図」を描く。須弥山とは仏教の世界観を示す須弥山世界の中心にそびえる山のことです。平成16年から、およそ5年に及ぶ歳月をかけて「玉虫厨子」は現代に蘇りました(国宝)。

精霊との交流


 仏教では、春分(3月21日ごろ)と秋分(9月23日ごろ)になると黄泉の国から精霊(魂)が戻ってくる
と考えています。彼岸の日(春分の日、秋分の日をはさむ前後7日間)には寺院、各家庭で彼岸の法要
が行われます。春分の日は「自然を称えて生物を慈しむために」、秋分の日は「先祖を尊び、亡くなった人を偲ぶために」といわれ、国で祝日に定められています。
 日常生活の中で、その精霊(魂)と交流するのが、家の中にある仏壇である。仏壇の前で静かに瞑想し、礼拝することによってご先祖様に感謝します。信仰にも、仏様に対する純仏教の信仰と、ご先祖様に対する信仰の二つがあります。しかし、普通の人々は信仰は亡くなった方の供養と考え、仏様を重点と置く人は少ないように思う。これは死者への悲哀の心が強いためにこのようになったのではないでしょうか。

 
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